「放浪記」林芙美子に会いに行く旅。

2012年09月29日 12:01

ちょうど今から100年くらい前のこと。世界恐慌へと向かう大正から昭和にかけての困難な時代に、飢えと貧困にあえぎながらも強く生き抜いた一人の若い女性がいた。下関で生まれ、尾道に育ち、愛人を追って上京した彼女。婚約を破棄された傷心を癒すために書いたという日記から名作「放浪記」が生まれた。現代のブログに負けずリアルな輝きを放ち続ける「放浪記」片手に、鈍行列車で夏の西日本を一周する旅に出る。



<1日目>
名古屋→京都→鳥取→米子 山陰本線で日本海とご対面!!

 前日の夜は飲み会だったことを忘れてて、始発に乗る計画を立ててしまった・・・。まだ吐息に、微かなアルコールの香りを感じながらも(自分ではわからない!?)朝5時前に家を出て「ムーンライトながら」に乗り込みました。今回は山陰と山陽を3日でぐるりと一周する18きっぷの旅。少々慌ただしいけど、お盆は色々と予定があるので帰ってこなくちゃいけないのです。夕方にはじっくりと撮影散歩の時間を入れたいので早朝出発が肝心☆ざっと1日目の行程はこんな感じ!岡崎ー大垣ー米原ー京都ー園部ー福知山ー豊岡ー浜坂ー鳥取ー米子8回の乗り換えで東海道線と山陰本線を突っ走りました。


 旅のお供は新潮文庫の「放浪記」。鈍行列車でたっぷり時間はあるのでじっくり読書に没頭できます。しかーし、夏休みのまっただ中とあって大垣までは座れず。でも通勤の朝ではないバカンスな雰囲気の車内は賑やかで明るい。以降、京都で山陰本線に乗り換えて福知山あたりまでは乗客も多くて地元と似たような雰囲気だったのですが、豊岡からディーゼルカーになって旅情感も増してきます。やはりお盆休みまっただ中のトップシーズンということで、大垣からは座れないなんてことはなかったけど、結構どの列車も乗客多かったです。そして分厚い時刻表を抱えて旅してる人の多いこと、多いこと!(笑)さすがですねー、ガソリン高騰で鉄道を使った節約旅ブーム!?ホントにいろんな雑誌で取り上げられていましたからね。一日乗り放題で2300円は最安の交通費だと思います。しか〜し、安いだけが取り柄ではなくなんといっても地元の人たちの生活感がうかがえるのが鈍行旅の魅力ですから。

 山を突き進んで日本海とご対面!!久々にこんな近くで見たなぁー、感動☆余部鉄橋はすごい人気スポット!!子供もカメラ構えてスタンバイ☆「おにいちゃんのじゃまになるよー!」とお父さんに言われておりましたが「どうぞ!どうぞ!」とお譲りいたしましたー(おにいちゃんと言ってくれたしねー!笑)綺麗な景色を撮るのではなく、このワクワク感を撮りたい僕はみんな窓見てる光景を撮るのです。
 浜坂駅ではLEDの電光掲示板が全盛な今でも、ベストテン方式(うっ、古い例えですみません・・・笑)案内板が健在☆総レンガ造りの蒸気機関車の給水塔まで残ってるし。看板では蟹のイラストが喋ってる!「きにゃぁーな!」なんて、かわい過ぎるぜー!!浜坂駅はやっぱり面白い。あちこち写真撮ってたら、乗り換えのための待ち時間もあっという間でした。

 さぁ、あともうちょっとで鳥取。県庁所在地の駅まであと2区間くらいしかないのにこんな山ん中走ってて大丈夫か!?(笑)そして15時過ぎには鳥取到着!!ここでは待ち時間が長かったので、駅前の立ち食いうどん屋さんに入って腹ごしらえ。客は僕一人。冷やしぶっかけだったので「お好みでどうぞ」とタッパーごとドーン☆とワサビがカウンターに置かれました。(笑)
 米子駅には17時40分に到着。駅前の小さなホテルにチェックインした後は、日没時間に合わせて海岸まで散歩。河口に立つ古い日本家屋はほとんどが赤い屋根。駅から海岸へは、彫刻ロードという名前が付いている遊歩道を歩いていったので時々不思議なオブジェに出くわします。海では漕艇の練習をしていてシルエットになってくれました。今回の旅で初めて望遠レンズが役に立つ。すっかり日が沈んだところで、街中のショッピングセンターで美味いもの散策。お土産に「雲丹海苔」を買いました。1日目は無事に計画通り!朝が一番不安だったけど、やはり早起きは得だーってことを痛感です☆

 

<2日目>
仙崎→下関→門司 いよいよ、芙美子の故郷へ

線路は続くよ、どこまでも。日本海沿いをほぼ一日かけて快走!
 朝食無料のホテルに泊まっていたのだけど食事営業時間が来る前にチェックアウト・・・o( _ _ )o 2日目の朝も早い。6:29 米子発の列車に乗って、どんどん西を目指す。乗り込んだ列車の名前、快速「アクアライナー」の名前通りアクアブルーの日本海をかすめながら、海沿いの山を抜けていく。海→山→トンネル→町→海・・・なんて具合にホントに見てて飽きない車窓が続きます。透明度の高い紺碧の海、澄みきった大空!!ひゃっほ〜い☆と、思ったらすぐトンネルに入ったりして。


 最初の列車の終着駅の益田で30分弱の待ち時間。なんと1本目の列車は米子から約4時間ずっと乗り続けて、2本目は益田から長門市まで2時間。地元の東海道線にこれだけの時間乗ったら、鈍行でも名古屋から東京に行けてしまうくらい(笑)。これだけ乗り続けても、車窓の景色は相変わらず大自然のまっただ中。このスローな感じが好きです。でも車内の乗客はあんまり入れ替わらず(笑)。「放浪記」がどんどん進む。
 長門市駅には昼過ぎに到着。ホントはすぐ接続する「潮騒みすゞ号」ってのにそのまま乗ろうと思ったけど、もう少し、この山陰な感じを味わっていたかったので詩人・金子みすゞの故郷、仙崎に行ってみることにしました。一応、この長門市駅から1区間の仙崎駅まで、支線が延びているのだけど時刻表見て呆然・・・列車が3時台までない!僕に与えられた時間は約2時間半。バスも1時間に1本くらい。こりゃ、歩くしかないな・・・。炎天下の最中、約3キロの道のりを徒歩で行く。タクシーでもいいのだけど、ホントにピンチの時以外は使わないのが自分に課した18きっぷ旅ルールなのです(笑)。

 仙崎にある「金子みすゞ記念館」を見学。幻の童謡詩人と呼ばれ、今でも人気を集め続けている金子みすゞ作品。わずか26年でその生涯を閉じて、多くのメッセージを残しています。正直、今まで僕は読んだことなかったのですが、これまた若くして亡くなった僕の地元の童話作家、新美南吉に通じるものがあったように思います。仙崎のメインストリート☆自転車に乗ってるのは寅さん!?(笑)帰りはバスで長門市駅へ戻る。バス停にやってきたのは予想に反して小さなマイクロバス。一緒に乗り込んだ家族連れのお客さんが、この後、ガイドブックで見つけた回転寿司に行く話をしてて、すがさず運転手さんが「あっこの回転寿司は高いよー!そのかわりネタはいいよー。わしら地元民の口には入らんけどねー(笑)」なんて喋ってて、まるで相乗りタクシーみたいな雰囲気!(笑)長門市駅に戻ってくると、ちょっと時間があったので駅の上を跨ぐ連絡通路へ上がってみた。なんとも天井がキラキラしてて古いんだけど、懐かしい未来な感じ。やっぱり、あり得ない状態の宇宙の絵なんかが掲げてあって、かなり意識してる!(笑)この後、高校生くらいのカップルとすれ違ったのですが「こんにちはー!!」と元気な挨拶☆さすがーっ!!エラいなー。


 再び列車に乗り込んで、いよいよ山陰本線も終盤の行程です。西日の反射を受けながら、海のある方向が変わったことを実感する。ゲートボール場かな???なんか印象的だったのでパチリ☆小串で乗り換え。長門市から、たった1両編成のディーゼルカーだったのだけど、ここからは4両編成。風景も少しずつ郊外の住宅地の風景へと変わっていきます。そしていよいよ本州最西端の街、林芙美子の故郷でもある下関に到着しましたー!!

 とりあえずホテルのチェックインを澄ませてから門司港へと向かう。今までずっと静かなところを来たので、久々の街の喧騒に少々戸惑いました。九州へと向かう電車に乗り込んだ途端に、車内は突然真っ暗に。夕立が来そうな空だったので停電かと思ったけどそういえば交直流切替えのための消灯でした。一人ハラハラドキドキ・・・やけに周りは落ち着いてると思ったぁー(笑)。関門トンネルをくぐって、いよいよ九州上陸☆このトンネル、世界初の海底鉄道トンネルなんだそうです。なんとも海峡の街って、雰囲気あります。青森とか高松とか好きだけど、下関や門司も好きになりそうな予感。突然、雷が鳴ってドドーっと雨が降って来たので、連絡船乗り場で雨宿りすることに。すぐに雨は止んで、路面がキラキラ反射する理想的なコンディションで夜の撮影ができましたー。ロマンチックな夜景です。明る過ぎないのがいい感じです。一人旅にはちょっと寂しい!?(笑)バナナの叩き売りの発祥の地!バナナマンが虚しく突っ立っておりました。大正時代の建てられたというレトロな門司港駅の駅舎は、構内もすごく雰囲気があります。かつての連絡船時代の名残を残している感じ。


 そして再び下関へ戻る。トンネルくぐってちょっとタイムスリップしてきたような気分になりました。下関の夜はふらふらと居酒屋へ。お目当てはフクですよー!たまたま隣席に座ったおねえさんも山口県を撮影一人旅中とのことでカメラ&旅話に花が咲きましたー。デジカメって、すぐ今日の成果を見せ合えるから便利だなぁー。お隣の地酒カップを被写体に拝借!僕は、明日の予定に支障を来す可能性があるので「夏みかんサワー」(一応、萩名物☆)で・・・話を聞くと今日は秋吉台へ行き、明日はレンタカーで海沿いを走りまくるという何とも頼もしいカメラ娘。現代の放浪娘なのかも知れず(笑)。あぁー、僕ももっともっと頑張ろうーっと誓いを新たにした旅の夜のひとときでした。

 

<3日目>
下関→広島→尾道→名古屋 旅の締めくくりは尾道で林芙美子とご対面

 ♪なにがなんでも出てゆこう♪きみは家出娘♪くるりの「家出娘」のメロディーが、ふとアタマの中に流れてきた。つげ義春原作の映画「リアリズムの宿」のテーマソングです。あの映画は確か、男二人+旅の途中で出会った女一人が鄙びた日本海側を旅していくロードムービー。昨日までずっと山陰を一直線に走破して、今日は山陽を一気に東へと向かいます。朝7時過ぎに下関を発車して、正午頃に広島県の白市に到着するというロングラン列車。この列車も18きっぷ組多し。
一緒のボックスシートに座った親子連れは「広島で降りてお好み焼きもええなぁー!それとも尾道ラーメンかいいか?」とか言っている(笑)。僕は尾道でお昼にする予定。途中、岩国あたりで蓮畑が一面に広がっていたのが印象的でした。

 何年かぶりの尾道。デジタルカメラを持つようになってからは初めて訪れた気がする。フルマニュアルのNikon new FM2にフィルムを詰めて撮り歩いた記憶が懐かしい。「放浪記」をコツコツ読み進めてきて、ちょうど、あの名フレーズ「海が見える 海が見えた 五年振りに見る尾道の海は懐かしい」の部分に差し掛かったところで尾道の景色が車窓に映り出した。なんというベストタイミング!!(笑)しかも、よく考えてみると、僕も前に訪れたのは5年前の2003年・・・第一次世界大戦後の時代の雰囲気が、この「放浪記」には詰まっていて当時、新幹線なんてものも当然ないわけで、在来線を走る急行列車の3等客車に乗って東海道、山陽、北陸などなどを旅する様子は、なんとも現代の鈍行列車旅に通じるものがあったりする。その林芙美子がかつて居たという喫茶「芙美子」でお昼。↑うず潮カレーをいただきながら携帯の電池がピンチだったので、お店で充電させてもらったりして、僕は現代の旅で、放浪娘の実家に助けてもらっちゃいました!(笑)

 そんな尾道をあとにして、一路、山陽本線を東へ。このあと、岡山/姫路/米原で乗り換えただけで愛知まで帰り着きました。ホントにここからはあっという間。神戸も大阪も京都も通り過ぎて、またまた日が暮れた頃に山深いところへ。関ヶ原を越えたあたりで、何年かぶりに帰って来たような気がしました(笑)。狭いニッポン、あえて、超スローに旅してみると、とんでもなく広い国のように思えてきますねー!(笑)

 「放浪記」を読んでいて思ったのだけど、その極貧ぶりな生活や時代の雰囲気に、ちょうど今の時代の雰囲気にも通じるものを感じたりして、今ブームになってる「蟹工船」じゃないけれど、多くの人が感じる世の中の不条理みたいなものに対する怒りに共感します。そして、生きることそのものが表現なんだということを忘れなかった芙美子の言葉の力は今でも衰えることなく魂を揺さぶります。生きた言葉はちっとも古くなりません。”放浪”の言葉に萌える方は読んでみるべし☆(笑)というわけで、色々と精神的には収穫の多い旅になりました!